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Zardoz 2293

天使のハラワタ、BAR、Kill me softly

Faddism: キャベツ曰く「あなたの健康に貢献するつもりはありません」2/4 奪われし未来 

さほど遠くない過去の話ですが、あらゆる TV displayがCRT(cathode ray tube : 別名ブラウン管)
であった頃、殆どのTVの広告には、必ず「画面はハメコミ合成です」という注意書きが限界に
近い小活字fontで記載されていました。
実感としてはこのような感じです↓。

画面はハメコミ合成です



実に心底広告に載せたくないのが、痛いほどわかります。詳しくは述べませんが。
 
最近でも健康食品まがい等様々のmediaで類似した大きさのfontを見ます。
「個人の感想です。薬効効能をうたったものではありません。」「画像はイメージです」
現在のHD規格の解像度で、表示しきる限界サイズの小ささのfontでの注意事項を
よく見かけます。
心苦しさが分かり易いですね。
 
 
英語版の表紙は以下の記載
Our Stolen Future:
Are We Threatening Our Fertility, Intelligence, and Survival?—
A Scientific Detective Story
by Theo Colborn  (Author) , Dianne Dumanoski  (Author) , John Peter Meyers (Author)
 
邦訳版の表紙の記載
奪われし未来増補改訂版
シーア・コルボーン+ダイアン・ダマノスキ・
ジョン・ピーターソン・マイヤーズ
井口泰泉解説
 
表紙の記載に大きな違いがありますね。
邦訳版には“A Scientific Detective Story”の記載がありません。
 
奪われし未来増補改訂版
シーア・コルボーン+ダイアン・ダマノスキ・
ジョン・ピーターソン・マイヤーズ
井口泰泉解説
本書は科学的推理小説です
 
サブタイトルがあると印象がかなり違います。
邦訳では意図的でしょうかサブタイトルが省略されています。
この省略の件はすでに多数の方が指摘しております。

つまり本書を科学的文献資料として扱うのは妥当ではないということでしょう。
 
 
 
 
 
本書で気がついた疑問。
 
0. やたらでてくる「コルボーンらは、……」という表現。つまり第三者からの視点で文章が
記述されています。
よくノンフィクションでみる書き方です。本書の出版趣旨からすると奇妙。
コルボーン自身単独で書いたのではないんでしょうね、どうしてこのようなスタイルなのか。
そういえばコルボーン意外の二人の著者は、一体この本の内容に何か寄与しているの?
読んでいるとコルボーンらが書いたことを忘れ、なにか第三者が客観的に彼らを
評価しているような印象を与えます。
それが目的でしょうか? 自分で書いた書籍業績?を自分で絶賛しているようなことになりますね。
企業内の艱難辛苦を乗り越えた新製品開発ドキュメント小説みたいな体裁です。
おそらくかってのNHK Project Xをノベライズするとこんな感じでしょう。
 
 
 
1.    文書表現に「驚くべきことに・・」「恐るべきことに・・」「・・という事実が明らかになった」 との表現が
目立つ。
まあ誰かライターが、文章の歯切れを良くするために手を入れたのでしょうね。
到底科学者はこのような書き方はしないでしょう。
私たちは凄いんですとでもいいたのでしょうか?
少なくとも事実という単語ではなく推定、仮説、推測という単語を使うでしょう。
 
実験内容の紹介も「驚くべきことに・・」「恐るべきことに・・」等情緒的表現が多用されており
文章量が水増しされています。
まあ解説の井口泰泉解説の文書は標準的な科学者の書く文書です。
それと比較すれば余計な情緒表現が多いことに気が付きます。
 
 
2. 本書で使われる「調べた」の意味
Dr. Theodra Colbornの経歴(wikipedia)より、子育て終了後に第2の人生のために
57?歳を超えて
動物学博士号を取得したようです。
年齢的に実験室内で実際に実験作業をやるには辛い年齢ですん。
薬剤師のようですが大学を卒業したのは1947年のようです。
肩書きは世界自然保護基金 WWFの科学顧問。この点も留意しておきましょう。
 
実験というのは意外に気力体力資金が必要であり、Dr. Theodra Colebornらが本書の
内分泌撹乱物質関係の文献資料を調べだしたであろう1980年代後半には齢60歳の女史自ら
実験を行ったとは思えません。
 
 
自分が読み返した限り「Our stolen future(奪われ未来)」で言及されている試験研究で、
実際にコルボーンらが実験動物を用意して被検物質を投与するなどの実験は一切行っていないようです。
別の言い方では、「・・・・の実験の結果・・・の事実が明らかになった」。この部分はコルボーンらが眼前で
確認したのではありません。
 
つまりコルボーンらが調べたとすることの意味は、文献検索もしくは文献調査をしただけ。
追試を自らの手で行った様子もありません。
文献調査というのは、なんと申しましょうか続けていくと、文献の情報が間違いのない事実であると
思い込みがちになり更に自分の望むvisionに近いものを切望するようになり、そのvisionから
逸脱するものを黙殺するようになりがちです。
ミイラ取りがミイラになるとでもいうのでしょうか。
 
どうもコルボーンさんは、調査した文献を何かのきっかけで内容すべてを正しいと思い込んでいるようです。
もしかしたら編集者が改変したのでしょうか?
「・・・の事実が明らかになった」このような表現は現役の科学者なら使わないでしょう。
 
フォン・サールの低用量仮説を当時驚くべきことに事実としてとらえているのですから。
 
コルボーン博士は羊クローバー病が、クローバーに元々内在する天然物質由来のホルモン活性物質として
存在することは知っていたようですが、なぜか本書では人工的に合成された物質のみ注視しているようです。
 
これは仕方ないですね、現在使われている化学物質、例えばここ2-30年以内に上市された農薬や医薬品、
化審法を通過した化学物質は、急性毒性試験から長期毒性試験、次世代に及ぼす影響試験等の準備が市販の
前提条件として整備されています。

つまりそれら安全試験を行うスポンサーもしくは特定の製造者がいますし、それらデータも各国政府
もしくは国際機関から概要についてある程度は開示されています。当然その化合物に何らかの問題が生ずれば、
それら化合物の製造企業が何らかの対策として追加の安全性試験を実施するでしょう。
 
ところがホルモン活性物質が例えば農作物や食品に元来内在していると、少々困ったことになります。
 
特定の製造業者のある化合物なら企業の責任だとして非難のターゲットにしやすいですが、
これが天然物だと非難の矛先に向けようがなく盛り上がりに欠けますね。
文句をつける相手がないからです。
彼らが問題提起しても安全性試験のコストを負担する責任を持つものが明瞭でないから。
 
 
 
 
 
 
環境中のホルモン類似物質
 
環境中に存在するホルモン物質として個人的にいくつか想像できるものはありました。
例えば、昔女性ホルモンを製造するのに汲み取りトイレの尿から女性ホルモンを濃縮生成する等の話を

聞いたことが
あります。まあいまとなっては本当かどう不明ですが。
これはホルモン類似物質ではなくホルモンそのものであり、分子当たりのホルモンとしての活性は
環境ホルモンと疑われた物質より数桁違う高活性を示す訳であり、環境中の内分泌撹乱物質総量の
うちヒトの尿中のホルモン総量は相当な寄与を果たしてると考えられます。また畜産業からの屎尿廃棄物中
のそれらの量も相当関係しているでしょう。
 
このように書くと、ヒトの尿にまさか環境ホルモンとしてそんな危険性があるとはにわかには
信じられないとおもいます。
物質の内分泌撹乱物質 女性ホルモンとしての活性の強さは、卵巣摘出マウスに投与して
子宮重量の増加を調べるらしいのですが、普通の人にはそんな実験は不可能です。
 
そこで普通の人でも妊娠中のヒトの尿中の女性ホルモンのポテンシャルを推定できる実験を紹介します。
まあ安易で簡単といえるか分りませんが。
 
用意するものはアフリカツメガエル(Xenopus laevis)とその飼育水槽、妊娠女性の尿、注射器。
方法としては妊娠女性の尿を注射器をアフリカツメガエルの腹腔内に未希釈で注射します。
そうするとあら不思議。アフリカツメガエルが抱卵します。
今日のように妊娠診断薬が普及する以前、ヒトの妊娠診断に使われたようです。
 
 
個人的には、環境中に存在するホルモン物質としては人工的に合成ところが図書館では年代を示す地層の
示順化石のように当時の世相を現す本が蔵書されています。
買ってはいけない」等この機会でもなければ一生読むことはなかったでしょう。
 
環境中の放出されるホルモン活性物質としての総量もしくは総活性量は、ヒトおよび家畜の屎尿廃棄物由来と
想定できますが、Dr. Theodra Colebornは何も触れていないようです。
 
 
 
「Our stolen future(奪われ未来)」Dr.セオドラ・コルボーン+α
20世紀末に話題になった環境ホルモン(内分泌霍乱物質)問題の発端になった書籍。和訳が出版された当時は、
結構話題になりましたが、ここ数年は環境ホルモンをキーワードとする書籍は殆ど出版されていませんね。
あの往時の喧しかった賑わいが嘘のようです。なぜでしょう?
いまさら初めて「奪われ未来」を読みましたが、この書籍(英語版原書)には驚くべき副題がついています。
Scientific detective story。勿論翻訳本にはこの副題の和訳表記はありません。
科学的推理探偵小説ですか? 驚くべき副題が付いています。何人もの方が邦訳版でこの副題が
記載されていない点を指摘されています。

例えると科学的素養のある方が書いた「複合汚染」のような書籍でした。読後の感想ですが、
 
総じて本書は書いてあることは、一回は微分して考えた方が良いでしょう。
 
 
 
環境ホルモン関係で日本で最終的に評価されたのは、人口的化合物ではなく自然物由来の大豆イソフラボン
(子宮内膜症)くらいではないでしょうか?
あと環境ホルモンに関する以降の科学者間の議論は、生物学系科学者と化学系科学者間の論争に見えますね、
以上個人的感想であります。

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2013/12/13 Fri. 22:55 | trackback: 0 | comment: 0edit

Faddism: キャベツ曰く「あなたの健康に貢献するつもりはありません」1/4 複合汚染 

 複合汚染という本があります。有吉佐和子(故人)1975年作のベストセラーです。
 
 
タイトルの複合汚染は、複数の汚染物質が存在することで、個別の汚染物質が単独の作用以上の望ましくない相乗的シナジー効果結果があらわれることらしいです。
 
今日でも環境問題に言及する場合に、よく引き合いに出される古典的書籍のようです。
有吉佐和子の名前は知っていますが、個人的には彼女の著作は読んだことはありません。
一応恍惚の人が彼女の著作と知っている程度です。
世代的には最近亡くなった山崎豊子と概ね同じ。1970年代のベストセラー作家のようです。

 
内容的には農薬、食品添加物に言及した部分が、有名です。他に市川房江という婦人運動の活動家の選挙の話、低公害CVCCエンジンの話があるようですがこの部分は話題になる事はないようです。
但し今日改めて読むと奇異な印象を感じました。
まず感じることは、複合汚染という本は一体誰が書いたのか? 勿論著者有吉佐和子の作品ではありますが

 
例の農薬、食品添加物の言及部分は、複合汚染が新聞の連載小説という体裁をとっていたためか、ある化合物についての毒性等の要約があり、続いて有吉女史が噛み砕いたコメントをかくスタイルが連綿と繰り返されます。
 
最初の疑問は、元ネタの農薬、食品添加物の安全性情報をどのように彼女は入手したのか? 本が書かれた1970年代後半はnetは勿論存在しません。おそらくそれらの情報は学術雑誌公的研究機関の報告書等に掲載はされると思いますが。
そんな資料文献は街の図書館などに収蔵されるものではなく、あったとしてもその情報までたどり着くのは容易でないでしょう。
おそらく複数の資料提供者がいたと考えら、複合汚染あとがきにそれら複数の情報提供者の氏名が垣間見えます。
また時代的に内容に疑問を生じてもそれら元ネタの一次情報にたどり着くことは非常に困難でしょう。
 
元ネタに有吉佐和子女史ならではの文学的コスメチックをまとったのが書籍複合汚染とうい書籍である気がします。
複合汚染を読んで気がつきましたが、ある見開きのページで***酸ナトリウムとXXX酸ソーダという化学名が同時に見えたのは驚きましたね。
元素記号 Na 独語: Natrium、英語: sodium、日本語:ナトリウム、ソーダ。
元ネタの資料が2つ以上わたったのでしょうね。
著者および出版元はナトリウムとソーダが同じものだとは知らなかったようです。
もしくは元ネタのメモをしっかり書き取ったためでしょうか?

おそらく本書の科学的側面の校正レベルはその程度でしょう。

今見ると当時の世相を反映しており有意義な書籍です。
但し当時の状況を切り取ったと考えるは妥当ですが、今時点では科学的資料として取り扱うのは疑問。
 

若干問題なのはやはりナイーブな方のweb、blog上の書き込み。
すでにのべているように複合汚染という書籍は40年前の状況に関する問題の一側面を眺めただけなのですが、なにか独り善がりな義憤に駆られてか、複号汚染内の記述をそのまま事実と思い鵜呑みにしてblog等に書かれているようです。
なかには有吉女史の脚色もしくはコスメチックの部分にかかれていいる茶や農作物栽培の名人が、実際の存在と勘違いして方もいるようです、
つまりナイーブな方自身が、考え調べ理解したことを書いているのではなく、伝聞をコピーしているだけです。

出版年の1975年は、時代的には活字になった物への信頼性は今とは全く異なります。
最近は見かけなくなりましたが、昔(個人的にはinternetが普及し始めた1995年以前)には、何かの本に書いてあったことが情報の信頼性を充分担保していると考えた人がおおかった気がします。
いまでは笑い話に近いほどmassmediaの信頼性が過大評価された時代もありましたから。
 
繰り返しますが、ナイーブとは褒め言葉ではありません。
まあ本書内容をblog等で転載記載する際、blog等を書いた人の見解なのか、今日でも確実に確認された事実なのか明確にして書く必要はあるでしょう。 
 
意外にこの40年近く古い本書内容を、今日も継続する問題だとおもって受け売りしている記述は多いようです。
 
この書籍に出版後40年近く経過後も、世間一般の意識には非常に長期にわたる残留性は強いようです。
一度環境中に放出されると誤謬の訂正は、とても困難なようです。まるでDDTかダイオキシン類のような長期残留性です。
 
 
なんとなく複合汚染は「美味しんぼ」と価値判断のスタンスが似ている気がします。

当時環境問題に世間の注目を集めさせたのは評価はしてます、今日ではそれだけ。


2013/11/22 Fri. 18:00 | trackback: 0 | comment: 0edit

Faddism: キャベツ曰く「あなたの健康に貢献するつもりはありません」0/4 

非常に意味が受取難い表題ですが、4/4までには御分かり頂ける体裁にする予定です。



基本的に
CCF huntingは待ちの釣です。
平均3時間 3匹、その間は読書の時間および自然観察になります。
不幸か幸いか、CCFは今年不漁。そのぶん読書時間が増えました。
 
自然観察にも飽食した今年、食品安全に関する書籍を留意して読み、それらの感想をreviewしてみます。

たまたま図書館で20世紀末にベストセラーになった「買ってはいけない」と関連書籍を手に取りましたが、まあその見事なトンデモ本としてのレベルの高さには驚きます。それ以外にも怪しげな内容の書籍は山とあるようです

internet上でも状況は同様で、それら項目を検索すると、おかしな内容のblogには事欠きません。
日本人の基礎的科学知識はこんなに低い?かとの不安になるほどです。
なによりナイーブすぎます。
それから、ナイーブとは褒め言葉ではまったくありませんから。

 


そのようにmediaの情報を鵜呑みにしてblogを書くナイーブな方が殆どですが、なかには 
健康食品情報、食の安全安心関係には、煽り屋ともいえる存在があり、
狂信的というより意図的なミスリードを画策する手法を用いる方がいるようです。
 
 
 
図書館に行って気付きましたが、蔵書は示順化石的価値があります。
書店で10年前に売れた本を現在入手するのはほぼ不可能でしょう。
ところが図書館では年代を示す地層の示順化石のように当時の世相を現す本が蔵書されています。
買ってはいけない」等この機会でもなければ一生読むことはなかったでしょう。

図書館の検索システムによると環境ホルモンがキーワードの書籍は該当図書館では殆ど「購入していないようです。
 
 
 
それらを読んだ範囲の情報をまとめてみると食生活の注意点は、
「健康のために、色々な食品をバランス良く摂取しましょう」ということになります。
この場合バランスは、特段理想的な比率があるというより、一つの食品に偏って食べることは避けるという意味です 

個人的には、若干異なり以下の注意点となります。
「食物を食べるリスクを軽減するため、努めて色々な食品を意識して摂取しましょう」。
食品添加物、Dioxine類、残留農薬、環境ホルモン等問題はないのか?と思われるでしょうが特段日常生活で注意すべき点は殆ど無いですね、空騒ぎです。
 


現在の日本の食生活では国民栄養調査結果などから、若干カルシウムが不足し、また若干塩化ナトリウム摂取量が過剰な点が問題であるが他に大きな問題は見つかりません。
 
つまり「特定の栄養素が日常の食生活において不足し、問題として顕在化するとは考えられない」。
従って基本的にサプリメントを含め健康食品を能動的に摂取する理由はありません。
 
 
XXを食べれば健康になるとかxxは危険とかFood faddismに関する書籍contentsは玉石混合です。
 
その書籍が信頼に足るかは著者の経歴をみればある程度判断できます。
ネットで検索すれば著者の評価は分かります。
 
まず肩書きを見ましょう。
ノンフィクションライター、ジャーナリストなら要注意です。
理科系の学歴がない場合かなり信頼度は低下します。
よく週刊誌で危険な食品等の特集記事を書く方です、実に煽り方のうまい文章を書きます。
それら文章は、非常に歯切れが良いという特徴があります。

過去に某疑獄事件で名声を馳せたライターでも、まあ相当疑問符がつく書籍を出版してます・
 
著者の所属する組織も注意が必要です。
とくに消費者の代表のような名称の団体は意外に多くの組織があるようで、彼らの主張自体消費者の代表的意見を陳述しているのか疑問なものもあるようです。
 
 
 
授与した大学が明記されていない博士号も怪しいです。
通常日本人ならば、出身大学で博士号をとることが殆どであり、国会図書館HPにて氏名と博士論群名を確認ができます。海外の大学博士号は一度は疑う必要があります。Degree millという学位詐欺もありますから。
 
大学教授等の学者、研究者(特に理系)もは、どの様なイメージをおもちでしょうか・
高校までは家族以外の大人というと高校教員が最も卑近な大人ですが、大学教員はそれらとはかなり雰囲気が違う大人です。まあ大学教員は高校教員と違い、基本的に教員免許は要りません。つまり彼らの主要な興味は研究であり学生の教育ではありません。大学に進学しそれら大学教員に接触したことのある方はお分かりでしょう。
中学、高校でいた数学、物理、生物、化学が好きなもの静かな生徒の行く末の一つという感じではありません。
各分野でのある程度著名な研究者学者は、かえって小中学校のクラスに居た目立ちたがり屋のキャラクタに近い存在です。別の表現としてこいつ等(大学研究者等)は一種の社会的廃人じゃねーのとの懸念を惹起されるともお見受けします。DNA2重螺旋構造の解析でノーベル賞を受けたJ.ワトソンの研究経緯に関する書籍が在りますがその行動や判断基準からして、正直言うと職場でこの様な性格の同僚上司がいなくて本当に良かったくらいにおもうキャラクタです。
 
 
出版社の名前も信頼性のうえ重要な点です。
この出版社ならこのような傾向の内容の」書籍を出版するのはお分かりでしょう。
銀座線内の壁にステッカーでよく貼ってあるあの出版社を代表にして怪しい出版社はあまたありますが
 
あやしいもしくはトンデモ本の特徴
やたらフォントが大きい。過剰に漢字にルビがふってある。
引用がないもしくはまとも引用もとの記載がない。
図表による説明が少ない。
内容の説明になんら寄与しない写真が使われている。
著作者の所属組織が実態不明。殆ど聞いたことが無い大学もしくはその日本校に在籍暦がある。
著者略歴から、本を書く能力もしくはバックグランドがあるのか疑問な場合もしくこのような書籍を各資格がそもそもあるのか疑問な場合も散見します。

略歴の書き方も注意しましょう。
本当に本人が書いたとは思えない相当恥ずかしい自己紹介等は結構笑えます。
多分著者として名前の記載されている方が記したのではないかもしれません。
 

ということで
2種類のカテゴリーに分けられた書籍を両方読む楽しみができます。
 
まずは著者の略歴をみて、こいつがこのような内容の書籍を記す資格能力があるか考えてみましょう。

面白いのは上記のcriteriaで問題のある書籍なのは明らか。
 
なかなか理不尽かつ不合理な事を書くことは理性的に非常な困難をともないますが、
こともなげにその障壁をクリアできる才能には敬意を払います。


2013/11/20 Wed. 16:00 | trackback: 0 | comment: 0edit